東山彰良「流」から学ぶ成長

東山彰良「流」から学ぶ成長

COLUMN

環境や人付き合いで人間は変われる。手っ取り早く変わりたいならまずは環境を変えることだ。

人って簡単に変われるはずなのに、変わろうと思っても変われないこともある。久しぶりに会った友人に、お前は昔から変わらないとかいわれたり。

どうしようもない弱点が、長所だったりする。その人のかけがえのなさというか、その人をたらしめるっっものであったり。

完璧な人間がいないように、また完璧と思われるものはとっつきにくい。どこかに弱さがあったほうが接しやすい。し、その弱さが愛されポイントだったりする。

じゃあ自分の弱さってなんだろうか。

他の人よりできないこと。どんなに努力しても変えられなかったこと。

変わりたくても変われない。人間誰しもそういった部分を持っているのではないだろうか。

変わりたくても変われない、もしかしたら変わらなくてもいいのかもしれないし、変わってはいけないのかもしれない。

「流(りゅう)」の主人公もそうだ。

あらすじ

一九七五年、台北。内戦で敗れ、台湾に渡った不死身の祖父は殺された。誰に、どんな理由で? 無軌道に過ごす十七歳の葉秋生は、自らのルーツをたどる旅に出る。台湾から日本、そしてすべての答えが待つ大陸へ。激動の歴史に刻まれた一家の流浪と決断の軌跡をダイナミックに描く一大青春小説。選考委員満場一致、「二十年に一度の傑作」(選考委員の北方謙三氏)と言わしめた直木賞受賞作。

この物語で印象に残った言葉。

人には成長しなければならない部分と、どうしたって成長できない部分と、成長してはいけない部分があると思う。その混合の比率が人格であり、うちの家族に関して言えば、最後の部分を尊ぶ血が流れているようだ。

  • 成長しなければならない部分
  • どうしたって成長できない部分
  • 成長してはいけない部分

そしてその比率が人格なのだそう。今必死に変えようと変わろうとしているところがひょっとしたらその人をその人たらしめる大切な個性なのかもしれない。

大切なのは「どうせ変わらない」と開き直るのではなく、その変えたいと思っている部分をどう捉えるかだ。